気付けばアシュナスは星々の如く煌めく、
淵の向こう側に立っていた。

夜空のような場所であった。
暗く透き通っている。

アシュナスの視界は
はっきりとしていたが、
あまりに広大で
先々までは見通せない。

星々の如き煌めきは
空間全体に広がり、
どこに目をやっても
チカチカと光を放っていた。
上に目をやり
遠くまで見渡そうと
すればどこまでも
見渡せる感覚がした。

足場はなぜ歩けるのかは
分からないが
夜空を歩いているようだ。

足元もどこまでも見下ろせる。

アシュナスの前を
欠片が横切った。

古の神殿の欠片の
ように見えた。

割れた鏡。

石畳のカケラ。

古の書物の切れ端。

朽ちた木製の扉。

錆びた鍵。

夜空に浮かぶ古代の星絵。

光を失った像。

砕けた螺旋階段。

鳴らない鐘。

欠けた歯車。

眠る宝石。

対なる個。

一なる二相。

幾つもの何かが
アシュナスの周囲を
通過し続けた。

だがアシュナスは
その全てに
何の感情も湧かなかった。

水の中の魚が
水に気を止めぬように。

それはアシュナスが
来る日も来る日も描いてきた
意の禮画(れいが)を
思わせる感覚でもあった。

アシュナスに傷はなかった。
また羽織も笠も、禮筒も無い。

深い藍色の闘着と
胴当てに紐、
白と深い藍色の靴を着用しており、
自在器たるフディアも携えていた。

巨大な二本の柱があった。
見上げてもどこまで
続いているのか分からない。

柱と柱の間には
垂れ幕のような
ものがかかっていた。

しかし、それは
近づけば流れる滝のような
薄布のような灰であることが分かった。

アシュナスが手をやると、
その滝の如き灰の薄布は
まるで水のように、
また、風のように思えた。

アシュナスは
二本の柱の間を、灰の滝を、
天女の羽衣の如き薄布をくぐるように
通過した。

アシュナスが通り抜けた先は
舞台を見下ろせる特別な席の如き
空間であった。

アシュナスの眼前には
祭壇の如き舞台があった。
幕は降りている。

アシュナスはその舞台を
遠くで見下ろしているのか、
近くで眼前に見ているのか
分からない不確かな感覚に包まれていた。

アシュナスは

言葉の届かぬ拍を感じた。
そして、無音の喝采を。

幕がゆっくりと上がる。

祭壇の如き舞台には
焚き火場があり、
倒れた老木があった。

そして、
かつて捨て灰と呼ばれた少年と
幼き日のキアンディナがいた。

二人はアシュナスには
気付いていない。

また、アシュナスも
彼らにそれ以上何をする気も
起きなかった。

「あたしの名前は
キアンディナ!」

 
幼き日の
キアンディナは少年に
そう呼びかけた。

胸に刻まれた記憶の景色。
決して忘れることの無いその景色を
アシュナスは改めて眺めていた。