ゼイゴウに一禮をしたアシュナスは
タラトットに隙を見せることになるが、
アシュナスの怨敵のタラトットである
『堅き鱗と顕(あら)わな種』は
悠然とそこに佇んでいた。

化け物は
おそらく理性的に振る舞ったわけではない。
目の前の獲物が逃げないことを直感的に
理解しているのだろうと
アシュナスは思った。

そして

『目の前の者全てを淵入りにするか
命を奪うまでは決して去りはしない。』
それがこの化け物どもの特性であることを
アシュナスは改めて認識した。

アシュナスが
堅き鱗の前に立った時には
既に多勢に無勢を
乗り越えた後であった。

羽織りも闘着も裂け
笠や胴当ては傷つき
霊水も僅かであった。

アシュナスは
怨敵と自らの間合いを見定め、
適切な現れを選定した。

距離からして、
刀以外の禮画を使う必要は無い。

また、特殊な戦闘を思案する必要も無い。
怨敵は間近に佇み、その弱点である種は
剥き出しで顕(あら)わなのだから。

アシュナスは
自在器たるフディアを構え、
刀を現した。

そして瞬く間に
堅き鱗の化け物に一撃を加えた。

堅き鱗のタラトットは
蔓(つる)の如き、手脚の如き
鱗肢(りんし)の一本で刀を受けた。

アシュナスの現れたる刀にヒビが入った。

化け物の鱗はその通名に恥じぬ
硬度を誇っていた。

アシュナスは刀を
振るい続けた。

ヒビの数は増していった。

タラトットは
一撃を放った。

アシュナスは避けた。

化け物は次々に鱗肢(りんし)を放つ。

アシュナスは避け、
時には刀で受け、弾き、
すぐさま刀を振るう。

鱗肢と激突した刀たる現れは砕け散り、
霊水となって
地に降り染み込んでいった。

アシュナスは
残りの霊水から刀を作る。

ティアマナシアは量ではない。
一滴でもあれば、
刀は再構築できる。

だが、無意識に、
量と現れの強度は比例してしまう。
それがアシュナスほどのフディアトでも。

次の瞬間、それは疲労によるものか、
刀を再構築するために、
アシュナスが自在器たるフディアに
意志を向けた一瞬の隙によるものか、

化け物の一撃が
アシュナスを掠(かす)めた。

アシュナスの頬に血が滲んだ。

アシュナスは構わず
フディアを振るった。
堅き鱗は鱗肢(りんし)で受けた。

何度もそれは繰り返され、
次第に刀が砕け散る回数が増し、
鱗肢がアシュナスを捉える回数が増した。

アシュナスの体に
更に傷が増え始め、
各所から血が滴り始めた。

ついに大型の鱗肢(りんし)が
アシュナスに重い一撃を捉えた。

骨が折れるような音がした。

刀は砕け散った。

アシュナスは
血を吐き、
地面に叩きつけられた。

 

だが、その瞳の鋭さは
失われることなく、
堅き鱗の化け物に向けられていた。

アシュナスは次に振るう一撃が
重要な意味を持つことを理解した。

堅き鱗の鱗肢(りんし)がアシュナスに迫る。

アシュナスは避け、
万力の力で
化け物の顕(あらわ)な種に向かって
現れたる刀を振った。

化け物が鱗肢(りんし)で防ぐ間も無く
種をアシュナスの刀が捉えた。

刀は砕け、
自在器たるフディアが
直接種にあたった。

アシュナスは力を更に込め
修羅の形相で振り抜いた。

タラトットは
遥か後ろに吹き飛んだ。

崩れた修練場の壁に激突し、
降り注ぐ瓦礫とともに沈黙した。

アシュナスは
自在器たるフディアを
地面に杖の如くつき、
一歩、また一歩と
歩き始めた。

アシュナスは
息をするたびに肋骨の軋(きし)みを感じ、
足元も覚束(おぼつか)ず、フディアを
握る力さえ限界に達していた。

アシュナスが向かったのは、
堅き鱗の方ではなく、
棺に入った
キアンディナの方へだった。

堅き鱗の種には
僅かにヒビが入っていた。

堅き鱗は瓦礫に埋もれ
沈黙していた。

種はまだ割っていない。
だが、
アシュナスは
堅き鱗に費やした最後の一撃で
自らの生命力が
限界を迎えたことを理解した。

タラトットに向かい、
種を割る体力。
入ったヒビは僅か。
確実に割れる保証は無い。

良くて化け物と相打ち。
だが種を割れなければ
無駄死にとなる。

タラトットに向かい、
仮に種を割ったとしても
そこで命尽きれば、
キアンディナは
ヨルグナに染まったままだ。

キアンディナが戻らなければ
アシュナスにとってそれは
敗北を意味した。

何が自らにとっての勝利かを
アシュナスは定め直していた。

キアンディナをもし
起こすことができるのならば、
自らが囮(おとり)となり、
キアンディナだけでも
ここから逃げることが
出来るのではないかと思った。

キアンディナを
救うことに必要な生命力は
アシュナスには未知数であった。
どれほどの体力、気力、
精神力がいるのかも分からなかった。

だがそれでもアシュナスは
一縷(いちる)の望みに、
残された命を使いきることに
賭けたのだ。

アシュナスはキアンディナの
眠る棺に一歩、
また一歩と向かった。

タラトットの暴走によるものか、
棺は損傷を受け、僅かな
ヒビが入っていた。

アシュナスは
堅き鱗に用いる最後の力を振り絞り
棺を割った。

アシュナスは中指と薬指の背で
キアンディナの頬に
侵食しているヨルグナに触れた。

アシュナスの指先に、
ヨルグナが這い登る。

アシュナスの脳裏に
キトの詩が浮かんだ。

ある者は天蓋(てんがい)を見た。
ある者は想い人を…。

アシュナスの全身に
ヨルグナが広がった。