タラトットの最後の光の中に見た
異質な光景は
自ら固有の体験なのか、
それとも賢者もその光景を
目にした事があるのかを
問うたアシュナスは言葉を続けた。
「一度くらいは目にした事が
あるんじゃないのか?
悠久の時を生きる賢者
キト・レイヤルト」
とアシュナスは言った。
キトは何の感情も
伴わない目をしたあと、
「さぁね。」と
すましたように言い、
「こんな詩を聞いたことがある」
と続けた。
アシュナスは
また始まったか。
という表情を浮かべた。
キトが詩を突然詠み始めることは
いつものことであり、
詩のはじまりは唐突でありながら
終わり時は不確かであったためである。
だが時折りアシュナスにとって
意味のある言葉が含まれることもある。
また、ある言葉は時間差で意味を成すこともあるが、賢者の時の感覚など
あてになるはずもなかった。
いちいち聞いていられない。
というアシュナスの態度が
見てとれたが、
結局アシュナスが
キトの詩を聞くことを確信しながら
賢者は詩を詠いはじめた。
『想いは今にありがたし
繁る葉のように
先にあれど
木の根の如く過去にあり、
全ては種より出て
やがては枯れゆく。』
詩を聞いた
アシュナスは
怪訝(けげん)な視線を
キトに向けた。
キトは
「別に詩をひけらかしたい訳じゃないさ。
ボクが言いたいのは
君が光の中に見た
“何か”は…
古い記憶だったりして。」
「記憶…?」
とアシュナスは言った。
キトは続けて
「タラトットがどこから来たか
知ってる?」とアシュナスに問うた。
アシュナスは
「あんな化け物の起源など
知る訳が無いだろう。」
とキトに返した。
キトはすました顔で
アシュナスにかまうことなく
別の詩を紡ぎ始めた。
『遥か昔…栄えた
それはそれは大きな
都市国家があった。』
アシュナスが聞いたキトの詩は
言葉や音の領域を超えていた。
その詩は
アシュナスの意識に伝わり
ある都市の様相を想起させた。
それは本当に詩なのか
あるいはキト自らが例えに出した
この浮世離れした賢者の古き記憶なのかは
アシュナスには見当もつかなかった。
アシュナスがキトの詩によって
想起したのは果てしなく大きな都市国家の
ある日の様相であった。
都市国家の中心には、
巨大な祭壇のような建造物があった。
都市で一番高い建造物である。
その上に立つと、
都市国家を見渡すことが出来た。
その都市国家の、
ある建造物の壁面には
複雑な模様や文字が刻まれ、
見る者にその文明の深遠な知恵と歴史を語りかけているようであった。
ある文字は祈りであり
また祝福であり約束でもあった。
ある建物は、
まるで空に向かって伸びる樹木のように、
自然と技術が融合していた。
ある建物は天井一面に
律氷たるシアレイシェムが
張り巡らされ、
人々の意志や感情を反映し、
建物全体が色合いを変化させた。
ある大広場に立つと、
空間がまるで音楽のように響き、
建物がその響きに応じて微妙に
固有の動きでもって
振動しているかのように感じられた。
ある通りには、
精密に整えられた石畳が敷き詰められ、
その石一つ一つが、
精緻な金属細工や石細工で装飾されていた。
通りの両側にそびえる
巨大な石柱には
光を反射する大理石が埋め込まれており
まるで絵画のように輝いていた。
それらは時を超越し、
永遠に美しい姿を
保っているかのようだった。
都市国家の空には
あちこちに大岩船が飛び交っていた。
山に比肩しうる巨大な大岩船もあった。
鋼のような質感を持つ船、
古代の遺物のような船、
無数の岩や石が組み合わされ、
複雑に編み込まれているような船体の船。
様々な大岩船が
空を駆けるように飛び交う様は、
目を奪われるほど壮麗であった。
まるでその都市国家自体が生命を持ち、
動きや流れを伴い、
建物が、通りが、大岩船が
古く新しく、高く低く、広く狭く、
巨大に矮小に
自己を表現しているかのようであり、
空気中にさえ微細な活力を
感じ取ることができた。
その日はその活力が
更に満ちた日であった。
都市国家一番の大通りでは人々が、
様々な種族が、
当然賢者の生み出したる
フディアの民も皆集まり、歌い、踊り、
物語を語り合い、
都市国家の精神を共有していた。
その日は
王が街を歩いたのだ。
都市国家では
王の通り道には祭りが生じる。
王は
フディアの民が
技術を結集して作った
装飾品を身に纏い、
数名の護衛を引き連れていた。
危機回避というよりは
慣例のためであった。
彼の地に危機などあろうはずもない。
誰もがそう思っていた。
王に対する人々の様子は
十人十色であった。
王に会釈する者もあれば、
しない者もいた。
王はそれでよしとした。
都市国家にとって
なんの問題もなかった。
王は国の隅々にまで
与えることをただ望んだ。
王は風であることを望んだ。
水であり、雲であり、
大地である事を望んだ。
王はそれらであり、
また光である事を望んだ。
王に対する悪態は聞こえてこない。
光そのものたろうとする王に
誰も不満などあろうはずも無かった。
だが、無いはずのものが
あることも都市国家に住まう
人々は知っていた。
聞こえないことと、
存在しないことは
非なるものであると
知っていたからだ。
それが王の闇であろうとなかろうと。
そしてそんなことなど、
取るに足らない事だと
人々は知る事になった。
なぜなら、都市国家の誰もが
無いはずのものが
あることを
より確かに知ることとなったのだから。
誰もが。
当然、
そこには王も含まれていた。
故に王もそれを見た。
そこにあるのが、
当然かのように。
それは
突然ぽっかりとあった。
ある者は
そこに柱を見た。
ある者は
巨石を。
ある者は
天蓋(てんがい)を見た。
ある者は
想い人を。
そしてある者は
己自身を見た。
そこには
すべてがあり、
何一つ無かった。
地より天まで満たすそれは、
影のようでもあり、
星々を収めた
夜の広間のようでもあった。
場所とも時とも呼べぬ
突然起こったそれら全てを
総称して人々は
こう呼んだとされる…。
『はじまりの天地
ニルヴァルク』
その言葉を告げ
賢者キトは長い詩を終えた。
そして
賢者はアシュナスを見た。
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