賢者キト、アシュナス。
そして棺人形や諸々の荷を乗せた
大岩船(おおいわふね)は
狩りの地を後にし、
ゴツゴツとした岩肌の続く
大地を渡っていた。
大岩船は
操縦室と荷台に分かれている。
“荷”には棺人形と
自在者たるフディアト達も、
そして当然、棺も含まれる。
フディアトを中に収め、
手足を引っ込め、
人形としての機能を放棄した棺人形。
それこそが『棺』なのだから。
フディアト達はこの荷台に乗り、
狩りの地と『集いの地』の往復の間、
各々の方法で時を過ごす。
その意味においては、
荷台は搭乗区画も兼ねている。
とも言えた。
操縦室と荷台は自由に行き来でき、
連結部には柔らかな素材が用いられている。
大岩船が曲がる時などは
まるで巨大な生き物が
首を振っているようにも見えた。
周辺には色とりどりの鉱山が続く。
鉱山の鉱石や宝石、石や岩々の類いは
古のフディアト達が残した
『律氷(りっひょう)たるシアレイシェム』
なのではないかとも噂された。
鉱山の輝きはフディアト達の
癒しとなり得たかもしれないが
キトの大岩船には窓が無かった。
キトの操縦室からは
外を眺めることの出来る隙間があったし、
キトが普段滞在する操縦室と
フディアト達の乗る
荷台の間には戸などなく、
ただ踏み入る意志さえあれば
並んだ隣の椅子に腰掛けるように
簡単に踏み入る事ができた。
キトも操縦室への入室を
禁じていたわけではない。
だが、まるで見えない仕切りでも
存在しているかのように、
フディアト達は好き好んで
賢者のいる操縦室に
足を踏み入れようとはしなかった。
自然とフディアト達は
岩の洞窟の如き
閉鎖的な荷台で移送される事が常となり、
タラトット狩りへの行き帰りそのものが
フディアト達からしてみれば
棺に入れられたようなものであった。
大岩船の船体の下方と
地面の間に“流れ”が現れている。
水の如き流れは
大岩船を運びながら、
船体を岩肌から守る役目を担っている。
フディアト達はそれを
『水の道』とも『水の影』とも呼んだ。
大岩船は船体にあるヒレのような部分で
流れをかくことで
ゴツゴツとした岩肌の続く大地を移動
しているかのように見える。
だが、ヒレの動きや見た目には
さほど意味は無い。
大岩船の進行は基本的に、
賢者の『意志』の力によって
行われていた。
大岩船の動きそれ自体が、
賢者の意志の“現れ”といえる。
キトは大岩船に
フディアト達を
二十人ほど乗せることもあったし、
棺人形を二十体程乗せたこともある。
フディアト達も広大な大地の移動には
舟を使う。しかしその舟は賢者の
使用する大岩船と比べれば随分と小さい
一人か二人乗りの舟である。
それは大岩船に対して
石舟(いしふね)と呼ばれた。
舟の移動には、
自在器たるフディアの操作と同じく、
意志の力が不可欠であり、
並のフディアトでは、
基本的に一人乗り、
または少人数を乗せた石舟しか
扱うことができなかった。
それは舟には搭乗者の意志が
少なからず反映されるためであり、
舟に乗る人数が増えれば増えるほど
舟の方向性が乱れるためであった。
アシュナスでさえ、
後ろに数人を乗せたことしかない。
そもそもアシュナスは
巨大な大岩船を
操縦したことがなかった。
大岩船の操縦室にはいくつもの
律氷(りっひょう)たる
シアレイシェムが設置されており
操縦する者の意志を汲みとり
船全体に伝える。
ただし、賢者の場合は、
シアレイシェムが隣接している、
“石”や“岩”が賢者の意志を読み取り、
その石や岩の働きかけに
律氷たるシアレイシェムが答える。
賢者は律氷たる
シアレイシェムの力を直接用いることが
出来ず、“媒介”を必要とする。
キトの大岩船の操縦部屋には
石造りの簡素な座席もあるが
キトにはあまり関係がない。
キトは操縦部屋にいる時は
基本的には立って操縦していたし、
もはや操縦席に立つ必要もない。
律氷たるシアレイシェムに
行き先が伝われば、
キトの意志を反映し、
目的地まで大岩船が勝手に
搭乗者を運ぶからだ。
そんなわけで、キトはいつも
実際の運搬は律氷に任せ、
自分自身は
景色を見たり、
大岩船の中を歩き回ったり、
本を読んだり、
棺人形を好きな形に作り変えたり、
自身の纏うボロ布を
気ままに変えたりして、
ダラダラゴロゴロと
暇を潰して過ごしていた。
しかし、
棺人形に意志を伝え、
大岩船を動かし続けることなど
到底フディアト達に出来る技ではない。
アシュナスは不遜な態度を
示してはいるが、
キトが賢者たる所以、
類い稀なる能力の
持ち主であることも知っていた。
アシュナスは
大岩船に乗って運ばれている間、
座してはいても
いざという時のために
気を張り詰めていた。
そして
禮画(れいが)を描くことを常としていた。
描くのは紙にではない。
意の中にである。
この禮画こそ、
フディアに生じる刃や穂先の原型であった。
普段、意の中に
どれほど確かな禮画を描けるか。
その確信の強さが、現れの精度に通じる。
一定以上の実力を備えたフディアトは、
原型たる画と向き合う行為そのものが、
修練であると同時に
禮(れい)でもあると理解する。
故に彼らは、
この行為を禮画と呼んだ。
もっとも、
岩船の移動中に
誰もが禮画の修練を行うわけではない。
ただでさえ過酷な
タラトット狩りの行き帰りである。
心身を休めることに終始するのも、
無理からぬことであった。
だがアシュナスは違った。
暇さえあれば
禮画の修練に意を投じた。
端から見ればそれは、
瞑想に耽(ふけ)っているかのように映った。
かつて賢者キトはアシュナスに
こう言ったことがある。
「文字は、絵みたいなもんさ。」
そもそも、
この世に文字や言葉をもたらしたのは
賢者達だと言われている。
アシュナスから見れば、
キトは常日頃から文字、
特に言葉で遊んでいるように見えた。
確かにアシュナスにも
文字と絵には関係があるように思えたが、
キトの言葉には、いつも得体の知れない
空虚さが感じられた。
アシュナスは意の中に
五つの禮画を書いた。
それは
『刀』と
『槍』と
『弓』と
『縄』、そして
自らの到達点である
禮極(れいきょく)、
『清流(せいりゅう)』であった。
禮極は画であり、詩でもあった。
キトはニコニコと
操縦室から荷台に
歩いて移動し、
椅子に変形させた棺人形に座り
アシュナスに話しかけた。
「ずいぶんと、タラトットの
『最後の光』を見ていたじゃないか。」
アシュナスは
筆を置くように禮画の修練を止め、
意識をキトに向けた。
そして
先程自らの見た異質な光景と
違和感の正体を探るべく
賢者に問うた。
「化け物の…あの光の中に
“何か”を見たことは?」