アシュナスは
「それがあの化け物どもの
起点というわけか。」
と賢者に告げ、
『ニルヴァルク…。』
と改めてその言葉を口にした。
キトは一時を置いて
アシュナスにこう告げた。
「古い詩だからね。
都市国家の名前かも。
最初に現れたタラトットの名だったっけ?
全てを内包した無という意味なんだとか。
あるいは全て違うかも!
よーするに僕は知らないな!
そんな言葉の意味なんて。」
キトはニコリとした表情で
「突然言葉が現れることなんて
よくあることさ。
言葉はそこかしこに漂ってる。」
とだけ告げた。
「本当に何も知らないんだな?」
とアシュナスはキトに尋ねた。
「長く生きれば知るべきことは
その分増える。
決して知の完成に
追いつくことは無い。
嘘だと思うなら君も
僕と同じだけ生きてみればいい」
アシュナスは
呆れた眼でキトを睨(にら)んだ。
アシュナスはキトにもう一つ問うた。
「タラトットが…
あの化け物がこの世に
最初に立ち現れたその時…
そこにいて
それを見たのか?」
キトは想いを一瞬めぐらし、
いつもの笑顔でこう告げた。
「まっさかー。」
アシュナスは自身にとって
全く信用ならないこの賢者からは、
本質的には何も読み取ることが出来ず、
あの“違和感”の答えにも
辿り着けなかった。
輝く鉱山地帯を過ぎ、
しばらくして、
キトの大岩船は
『集いの地』に到着した。
タラトット狩りの際、
各村から召喚光でもって
賢者に呼び出された
自在者たるフディアト達は、
各々の村から、
それぞれの石舟に乗って
まず、集いの地へと集まる。
そして賢者の大岩船に乗り換え、
タラトットの種が落ちる
狩りの地へと向かう。
タラトットを狩った後、
彼らは再びこの集いの地に戻り、
それぞれの村へ帰る。
今回の狩りでは、アシュナスを含め三人の
フディアトが呼び出されたため、
集いの地には三艘(そう)の石舟が並んでいた。
キトは棺人形に指示を出し、
二つの石舟を回収に向かわせた。
大岩船は中腹が開閉する
仕組みになっており、
開いた口から棺人形達は
トタルとゴザンの石舟を運び入れた。
無事だったフディアトは集いの地から
それぞれが自らの石舟に乗って
各々の村に帰るのみであり、
アシュナスも
ただ石舟に乗って帰ればよかった。
だがその日、アシュナスには
キトの言葉が妙に引っかかった。
「そんじゃボクは二人の村に
諸々送り届けて来るよ。
二人ともそれぞれの村の
最後のフディアトだったんだ。
フディアトがいなくなっちゃうから
ルタファカ村も
ザゴファユ村も
別の村と合併だね!」
とキトは軽く言う。
「どの村からフディアトを呼ぶかは
賢者次第…。
三名のうち、二人は実戦経験不足かつ、
村で最後のフディアトだったとしても。」
アシュナスが鋭く言葉を紡いだ。
「天啓ってやつだよ。」
キトがヘラヘラと返す。
「キアンディナが向かう必要は無かった。」
とアシュナス。
それでもキトは笑みを崩さず、
飄々と続ける。
「分かってるだろ?
この辺りじゃ、君ら二人が最強格さ。
しかも君らの村が
ボクの拠点から近いとなりゃ、ねえ?」
「キアンディナが闘ったから、
“堅き鱗”も去ったのかもよ?
そんじょそこらのフディアトだったら、
瞬殺か、即淵入りだったよ絶対。」
キトは他人事のように、
言葉を軽く転がす。
「するとどうなる?
体力が有り余った化け物が、
はるばるあちこちの
村まで出向いて
荒らし回ってたかもしれないじゃないか。」
「それに、慣わしを優先したのは
君だろ?」
キトはアシュナスにそう告げた。
アシュナスの脳裏に
ゼイゴウとキアンディナとの会話が蘇った。
アシュナス
「狩りは俺に行かせて下さい。
賢者の召喚光はもう光ってるんです!」
ゼイゴウ
「今宵は青き蛇月の夜。
水を調達する日だ。
それはエニファル村の男の
フディアトでなければならぬ。」
アシュナス
「水は既に三人にとって充分にあります。」
キアンディナ
「まぁまぁ父さんがこの感じなのは
いつものことじゃないか
あたしにめんじて頼むよ!」
石舟に乗りながら
アシュナスはキアンディナに告げる。
「狩りに行く必要は無い。あの賢者には
いくつも貸しがある。」
キアンディナ
「はぁ…調達と狩りが
被る度にいつもその調子だね。
あたしもたまには闘わないと
腕が鈍っちまうよ。
まぁ心配しなさんな!」
それがキアンディナとアシュナスが
交わした最後のやりとりであった。
これまでも
幾度となくあったやりとり。
だからこそキアンディナの淵入りを招いた
自らの判断をアシュナスは悔いた。
そして、
アシュナスは
抑えきれない怒りを感じた。
なぜキアンディナを
タラトット狩りに向かわせたのか。
アシュナスは理解していた。
それは師に対して以上に、
自らに向けられた怒りであることを。
アシュナスは
意識と視線をキトに戻し、賢者に告げた。
「今後、狩りへの呼び出しがあった場合、
一つの枠にはかならず俺をいれろ。」
「え!?いいの!?」
普通フディアト達は
極力呼び出しを避けることを願う。
「白々しい小芝居はやめろ。
分かってるだろ。」
アシュナスは
キトの態度を受け流し
淡々と告げた。
「堅き鱗に出会えるといいね。
タラトットは想いに反応する。
なんて噂もあるしね。」
「君たちフディアトの重んじる
言葉で言えば『意志』か。」
アシュナスはキトから視線を外し、
停めてあった
自らの石舟に向かい、乗り、
賢者の元を去り帰路に着いた。
石舟に向かったアシュナスは
石舟の平らな足置きに乗り、
備え付けの棒状の
律氷棍(りっひょうこん)を手に取り、
足場の前部にある
律氷たるシアレイシェムに連結した。
この石舟に連結した
律氷棍(りっひょうこん)は
前後左右に傾ける事ができ、
操縦桿(そうじゅうかん)となる。
石舟には律氷棍を通して
操縦者の意志が伝わる。
律氷棍を右に倒せば石舟は右に、
左に倒せば左に曲がる。
律氷棍(りっひょうこん)も当然、
律氷たるシアレイシェムで出来ている。
そして、
律氷棍(りっひょうこん)を
連結出来る部位をはじめとして
石舟には複数のシアレイシェムが
埋め込まれている。
石舟のシアレイシェムは
行き先を記憶する。
帰路であれば、
ある程度の方向に向かって
勝手に進ませることも可能だ。
だが完全に手を離した状態で
目的地に到着させるほどの
微細な動きは出来ない。
時には律氷棍(りっひょうこん)を
右に左にと傾け、
岩などの障害物を避け、
場合によっては
律氷棍(りっひょうこん)を一度外して、
障害を突き、軌道を変える必要がある。
石舟も大岩船と同様に
『流れ』を生じさせ岩場を渡る。
石舟は立ったまま操る。
律氷棍を手に、
石船に乗り操る者の姿は
傍目には渡し船を操る船頭の
ようにも見えた。
アシュナスの乗る石舟は厳密には
エニファル村の石舟であったが、
今となっては、
アシュナスとキアンディナ以外に
乗る者はいなかったため、
アシュナスの舟、
またはキアンディナの舟と
自他共に認識されていた。
舟はエニ村に二艘(にそう)あったが、
二人が石舟に乗る際は、
それぞれが一艘ずつ乗るわけではなく、
アシュナスが石舟を操り
キアンディナが後ろに乗った。
キアンディナは
アシュナスの操縦する石舟に
乗って、ただ風にあたるのが好きだった。
アシュナスは
石舟で自らの村に向かった。
キアンディナの眠る棺が安置してある
エニファル村へ。