エニファル村の住まいの
一角には浄化の間が設置されている。
扉があり、
閉め切る事ができるが、
通気蓋があり、
浄化が終わればこの蓋を開け、
外の空気と光を入れる。
アシュナスは浄化の間へ入り、
禮装(れいそう)を脱いだ。
禮装のうち、
羽織りや闘着は浄化の間にある
衣桁(いこう)に掛け、
笠や胴当て、
自在器たるフディアや
禮筒(れいとう)は壁際に置いた。
アシュナスは
殻甕(からがめ)の蓋を開け、
二、三粒、飯種の殻を取り出し、
それを皿上の器に置いた。
火石(ひいし)を手に持ったまま適切に
ぶつけ合わせると、
乾いた音とともに小さな火花が散った。
火花は飯種の殻に触れ、
浄気(じょうき)が立ちのぼった。
やがて浄気は
静かに浄化の間を満たしていった。
アシュナスの
皮膚の奥がじわりと熱を帯び始め、
やがて汗が顎を伝い、床へと落ちた。
時が経つにつれ
汗は益々滴り始めた。
飯種は僅か二、三粒の殻で
豊かな浄気を発生させる。
いつしか人々は
飯種の殻を燃やしたときに立つ気体には、
水山の滝ほどではないものの、
穢れを祓う働きがあると知った。
それゆえ、
穢れを清めるその気は
浄気と呼ばれるに至った。
なぜ飯種に浄化作用があるのか、
そもそも飯種がどこから来た植物なのか。
それを知る者は、エニファル村にはいない。
水山由来の植物ではないかとも言われたが、
アシュナスは、
水山に飯種の樹が生えているところを
一度も見たことがなかった。
アシュナスは浄気に包まれながら目を閉じ
あえて何も考えないように努めた。
だがやはりキアンディナが
脳裏をよぎった。
しばらく浄気を浴びた後、
アシュナスは浄化の間を出た。
アシュナスの全身の熱が引き、
空気が肌を撫でた。
心地よい涼しさに包まれたアシュナスは
乾いた布と部屋の水甕(みずがめ)の水とで
浄化されたばかりの全身を拭いた。
アシュナスは
タラトットが現れなければ、
九日間このように身体を浄化し、
十日目には水山(みずやま)の滝で
身体を更に清める。
エニファル村に人がまだ残っていた頃、
水山に実際に赴くのは
ゼイゴウとキアンディナ、
そしてアシュナスくらいであった。
エニファル村の
村民が水山に赴かなかった理由は
怠惰であったことの他に、
強い浄化力を持つ飯種の殻の浄気は、
人の手では及ばぬ
身体の領域にも行き渡ったため、
衛生的にも充分すぎるほど
こと足りたからである。
アシュナスは浄化の間から出た後、
簡易的な衣を身に付け、
部屋を軽く掃除した。
禮装は
飯種の殻が燃え尽きるまで
浄化を続けた。