フディアトが
タラトット狩りの際に身に付ける
諸々は、禮装(れいそう)と呼ばれた。

それは
笠、羽織り、闘着、胴当て、紐、靴
からなる。

正式には
禮筒(れいとう)と
自在器たるフディアも含まれるが、

身に付ける衣類や防具を指して
禮装と呼ぶことが多々あった。

笠はヨルグナを
雨傘のように防ぎ、

羽織りは
鎧の如くフディアトを守る。

闘着は
身軽さを損なうことなく
肌身を保護し、

胴当ては
丹田を守り、
力の増幅に一役買った。

伸縮性のある紐は
胴当ての機能を高めると共に、
自在器や禮筒を携える助けとなる。

そして靴は、
足を守りながら
荒れた大地を全速力で駆けるために
欠かせない代物であった。

損傷した禮装は、
放っておいても自ずと糸と糸が寄り合い、
あるいはヒビ割れが次第に塞がる。

それぞれに修復の速度は異なれど、
やがて元の形を成す。

更に、浄気にあてれば、
禮装はより早く、
あるべき姿を取り戻す。

それを成し得るのは、
禮装がすべからく
作られる折に
そのような修復にまつわる意志が
霊水と共に織り込まれているためであった。

あまりに大きな欠損は
二度と修復しない場合や、
深く傷跡が残る場合もある。

また、禮装の質は
禮装の作り手である
装(よそお)い手の力量に
よるところが大きい。

アシュナスとキアンディナの
禮装はゼイゴウの禮装を
作った人物が自在器たるフディアを
除いた一式を作った。

だがその者も既にこの世にはいない。

禮装は着る者が意志を統御し、
自らに馴染ませていく。

ある者の禮装は強度に特化し、
ある者の禮装は筋力増加に一役買う。

全ての禮装に共通するのは、
ヨルグナを通しにくいという点であった。

当然どのフディアトも 
ヨルグナを避けるつもりであり、
その意志は禮装に反映される。

必然的に
禮装を理解している者は
長袖を着用し、
無理解な者、
あるいは極端に自信のある者は
半袖を着る傾向にあった。

顔の広範囲を覆う禮装や
盾を構える者もいるが、

呼吸のしやすさ、
微細な空気の揺れを知覚する肌感覚、
または機動力の面から、
ゼイゴウの系譜たるアシュナスの
禮装の方向性が確立していった。

ささいなヨルグナを浴びたとしても
聖水で無効化し、
素早く種を割る。
それがゼイゴウの教えであった。

アシュナスとキアンディナは
禮装の中でも特に、
笠と羽織りを除いた一式を
常に着用していた。

キアンディナは
笠と羽織りをあまり好まなかった。
という理由があるが、
アシュナスに関しても
禮装一式を常に着用していては
気が休まらないためであった。

だが、笠と羽織り以外を着用し続けるのには
それなりの理由があった。

それはいつ何処に
タラトットが出現するのか、
その全てを完全に把握することは
賢者にさえ不可能だったからである。

タラトットは傾向として
狩りの地に集中して現れる。

だが、必ずしも
狩りの地だけに現れるわけではない。

エニファル村の付近や
村内にも時折現れた。

ただし、
狩りの地以外に現れる
タラトットはなぜか
大した強さを持たない場合が
ほとんどであった。
それどころか
狩りの地から離れるほどに
化け物は弱体化する傾向にあった。

また、タラトットが
狩りの地を含めた
地域一帯のどこかに出現し
狩られた場合、
しばらく現れる事は無い。

そのため、出現率の多い
狩りの地にフディアト達が向かう
文化が自然と確立していった。

エニファル村内や周辺に
化け物が現れた場合は当然、
アシュナス、キアンディナ、ゼイゴウで
対処した。

本来、キアンディナは
その化け物から村を守る
防衛戦に参加する必要は無い。

化け物は
エニファル村の男のフディアトが
対処しなければならない
慣わしである。

故にキアンディナは
自らの意志でフディアトとしての訓練を
独学で積み、防衛戦に参加した。
また、それをゼイゴウも止めはしなった。

なぜなら、
エニファル村には
女のフディアトにまつわる慣わしは無い。
故にキアンディナが
フディアトとして行動することを止める
慣わしも存在しないためである。

キアンディナのフディアの現れは
幼少の頃から一度も
攻撃的な性質を帯びなかった。

やはり
単に灯火のような光を現すのみである。

だが、不思議とその光は
アシュナスを鼓舞した。

エニファル村には村長(むらおさ)が
弟子をとり、
一子相伝の訓練を施さねばならない
慣わしがある。

そして、その弟子は男でなければならない。

故にゼイゴウは
男の弟子に自らの技を受け継ぐ
慣わしに従ってアシュナスを鍛えたが、
キアンディナには自ら
戦闘訓練を行うことはなかった。

だが、ゼイゴウは
娘であるキアンディナに護身術を授けた。

護身術にまつわる
慣わしも
存在しないためである。

キアンディナが身につけた護身術は
自らの身体を武具とし、
時には敵の力でもって敵を制する、
頸(けい)と呼ばれる術であった。

その護身術は
キアンディナ自身ではなく
幾度となくアシュナスの力にもなった。

村付近や村の中に
出現するタラトットが
いくら狩りの地に現れる個体よりも
弱いとはいえ、
狩りの地で
実戦を重ねてきたアシュナスが
見れば、キアンディナが
並のフディアトよりも
圧倒的に強い事など
瞬時に理解出来た。

故に、アシュナスは狩りの地で
他の村のフディアトと
タラトット狩りをするより、
キアンディナとの
狩りの方が安心感を覚えた。

だが同時に、
キアンディナに危険な狩りへ
参加して欲しいと思ったことは、
一度も無かった。

キアンディナは
村での防衛戦だけではなく、
狩りの地に赴くこともあった。

キアンディナが
女にも関わらず、
ゼイゴウに咎められることなく
狩りの地へ赴くことができたのは、
慣わしの狭間に位置する
存在であったためである。

賢者の要請に応じ、
村のフディアトが一人
狩りの地へ向かう。

それは
エニファル村のみならず、
地域一帯に共有された慣わしであった。

そこに男も女もない。

一方で、
エニファル村において
男のフディアトには
様々な慣わしが課されていた。

青き蛇月の夜には
水の調達へ赴かねばならない。
というのもその一つである。

二つの慣わしが
同時に重なった時、

キアンディナが
狩りの地へ赴き、

アシュナスが
村の慣わしを果たす。

それが唯一、
慣わしを守る方法であった。

ゼイゴウとしても、
より大きな地域の
慣わしを守れるのであれば、
娘が狩りの地へ赴くことを
黙認せざるを得なかった。

エニファル村の
フディアトに関する慣わしにおいて
女にまつわるものが無いのは
慣わしが古き時代に決められ、
その頃には村に
多くの男のフディアトが
いたためである。

女でありながら
フディアトである
キアンディナは、
エニファル村の慣わしの
外側にいる存在であった。

だが皮肉にも、

そのキアンディナこそが
エニファル村の慣わしを
支える存在となっていたのだ。

故に、
青き蛇月の夜に限らず、

アシュナスが慣わしによって
村を離れねばならない時は、
キアンディナが
狩りの地へ赴くことになった。

キアンディナは
気分屋なところもあったが、

いざやるとなれば
意気揚々と成すべき事をこなした。

たとえそれが
タラトット狩りであったとしても。

感情の起伏に素直な
そのフディアトらしからぬ
振る舞いは、

ゼイゴウの訓練を受けていない
独自のキアンディナらしさでもあった。

アシュナスは
キアンディナが
タラトット狩りに参加することを
望みはしなかったが、
何よりフディアトとしての
訓練を独学で積んできた姿を見てきたこともあり、その自由意志を尊重した。

だが、アシュナスは、
とうに機能していない
慣わしの数々に疑問を抱いていた。

成長するにつれ、
たとえゼイゴウに叱責されようとも、
異議を唱え、キアンディナに
強く引き留めの言葉を用いることもあった。

しかし、それらはもう
過ぎ去った話しである。

キアンディナは今、
ヨルグナに侵食され棺の中にいる。

堅き鱗との戦闘で損傷した
キアンディナの笠と羽織りは
未だ修復の兆しなく、
キアンディナの住まいに
置かれ、棺の中に眠るキアンディナは
禮筒を除いた一式と
フディアを携えたまま眠っている。

アシュナスは今、
エニファル村に残る、活動可能な
最後のフディアトとなった。

故に己自身との対話が増え、
禮装の浄化の最中に
禮装にまつわる諸々を想起することは
無理もないことであった。

アシュナスは北の窓から見える
美しい灰色の木に目をやった。