どの化け物による仕業かは
定かでは無いが、
ゼイゴウの身体は大部分が
ヨルグナに侵食され、
霧消し始めていた。
ゼイゴウの手に
自在器たるフディアが
握られている姿を
アシュナスは
久しく見ていなかった。
アシュナスには師が
どのように戦ったのかは分からない。
だが、欠損を抱えた師が、
かつての力を微塵も
発揮できず化け物どもと
渡り合った苛烈な状況だけは
容易に察する事ができた。
そして…事実として
エニファル村の各所が
瓦礫と化す中、キアンディナの
棺は破壊されることなく残っている。
それこそが
師の戦闘の何よりの
証明であった。
ゼイゴウは
かろうじて残っている片目で
アシュナスを見た。
「行け。既に…いや、遥か以前より、
この地によるべなどないのだから。」
「娘を頼む。」
と言葉を添え
ゼイゴウは霧となり散った。
その言葉に呼応するかのように、
紋章塔が崩れ落ちた。
ゼイゴウが祈り手となってから、
来る日も来る日も
祈り続けた塔であった。
アシュナスは
師との日々を思った。
ある時、修行は苛烈なものであった。
だが時には繊細なものでもあった。
激痛を伴う鞭であり、
静寂なる瞑想でもあった。
時に嵐であり
火炎であり雷撃であった。
だが時には花弁に降る一片の雪であった。
師はアシュナスの前にはもういない。
アシュナスは思った。
慣わしこそ嫌悪すれど、
ゼイゴウより賜った
禮について否定したことは
一度たりとも無かったと。
アシュナスの心に
微塵も悲しみは生じなかった。
師は遥か以前に摩耗しきっていたのだから。
アシュナスは自在器たるフディアを
腰の横にそえ、ゼイゴウに一禮をした。
かつての鬼神に。
偉大な師に。
アシュナスは頭を上げた。
それは、合図であった。
自らの怨敵との、
徹底的なる対峙への。