少年少女達はそれぞれ自身の
自在器たるフディアの内に収められている
霊水を現し始めた。
鋭利な意志。
厚みのある意志。
丸みのある意志。
真っ直ぐな意志。
柔らかな意志。
アシュナスは
レキファト村の子供達の
フディアに対する基礎能力に
驚いていた。
霊水は普段、
フディアに収められている。
故にフディアの中には
霊水を収めるための空洞があり、
霊水を入れるための穴が空いている。
フディアに不慣れであれば、
穴から霊水が容易に溢れ落ちてしまう。
故に初心者のフディアトは
穴を上に向け続けながら
訓練し、自身が眠る時には
穴を上に向けてフディアを置く。
では、ある程度
霊水の扱いに慣れた
フディアトはどうするのか。
意識の片隅で、
その穴に“栓”を現し続けるのだ。
眠っている間でさえ
霊水がこぼれぬよう、
無意識でも栓を維持できるまで
鍛錬を重ねる。
そうして初めて、
自在器たるフディアを
自在に振り回すことができる。
これはフディアに何かを
現す以前の問題だ。
だが、レキファト村の少年達は
自在器たるフディアを
振り回して遊んでいた。
少なくとも霊水が溢れ出ている
様子は無かった。
そしてここに集まっている
少年少女は
フディアに霊水を現す授業を受けている。
とっくに栓の訓練を終えているのだ。
ウィルカルは戦闘を好むような
性格には見えなかったが、
子供の頃からこのような
基礎訓練を積んでいたことで
あれ程の能力があったのだと
アシュナスは理解した。
「先生こいつ!ズルしてる!!
こいつめっちゃ沢山霊水を
使ってる!!あとあいつは
ふざけてる!」
突然、少年の一人が叫んだ。
少年が最初に指差した少女は
巨大な花の形を現していた。
次に指差された少年は
説明のつかない
不定形な意志を現していた。
二人とも言われの無い言葉に
むっとしており
その意志を反映して
巨大な花の現れも
不定形の現れも
小刻みに震えていた。
メルティリナは
「現れには、いろいろな種類があります。
剣や槍のように、
必ずしも分かりやすい
形ばかりではありません。
もし今は形が定まらなくても、
将来は炎や雷を現せるように
なるかもしれません。
もっとすごい何かかもしれませんね。
現れで人の傷を
癒やせる者だっているのですから
それに
現せる大きさも
皆それぞれです。
一滴の霊水ティアマナシアから
宮殿を現す者さえ
世の中にはいるんです。
現れの大小に
正解はありません。
それぞれの現れに意味があるんです。」
と言った。
子供達はメルティリナの言葉に
霊水の可能性を感じて
目を輝かせた。
子供達はその後も
各々の現れに
四苦八苦しながらも
実技を続けた。
その時、突然
授業を乱す者が声を上げた。
「先生!あの人に試してもらおうよ!」
授業を乱す言葉を発したのは
賢者キトであった。
子供達は振り向いた。
子供達の視線の先にはアシュナスがいた。
「ほら!あの笠の紋章を見て!
あれは鬼がいる村の紋章だよ!」
キトが叫んだ。
「ホントだ!噂の紋章だ!
キシンのやつだ!!鬼のやつ!!」
「キャー!!」
と叫ぶ少女もいた。
だが一人の少年が屈託なく言い放った。
「賢者がながしたんだよその噂!!
だって噂の最初を
たどったら賢者にいきついたんだもん!!」
ヴォホン!!!!と
キトは咳払いをした。
そしてアシュナスを指差して
「この鬼みたいな怖い目つきの人は
アシュナスって名前だよ!
色んな形で霊水を現せるんだよ!
きっとすごい現れを
見せてくれるよ!!」
と言った。
アシュナスは一瞬、キトを鋭くにらみかけた。
だが子供達を怯えさせるつもりはなく、
かろうじてその感情を飲み込んだ。
とはいえ、
それすら見越して
自分を利用したであろう賢者に
改めて怒りが湧いた。
だが、意志の乱れは
現れの乱れに直結する。
アシュナスは瞬時に冷静さを取り戻し、
意志を整え、
少年少女の視線に応えるべく
禮画の数々を現して見せた。
複数の禮画を現したアシュナスの
技にはメルティリナも驚きを
隠せなかった。
子供達も
「せんせいは、一つしか
あらわれ出せないよね?」と
確認するように尋ね、
メルティリナも苦笑いしながら頷いた。
だが気を取り直し、子供達に語り始めた。
「たくさんの現れを作ることが出来るのは
気の遠くなる程の練習時間が必要な
本当に凄いことです。
だけど、
先ほど話した
“現れの大きさ”と同じように、
“現れの数”にも優劣はありません。
もし、皆さんが一つしか
現れを作れなくても
その一つを大切にして欲しいと思います。
それはきっと、
誰にも真似のできない現れになります。」
アシュナスもその言葉に納得した。
自らも現れの数にこだわった
わけでは無い。
化け物を狩る日々の中で、
現れが増えていった。
ただ、それだけだった。
だからこそ、
仮に一つの現れを磨くという道
となっていたとしても、
それはそれで違和感は無かったであろうと
アシュナスは思った。
少年少女の中には、
納得した者もいれば、
“多くの現れ”に強く惹かれる者もいた。
「よし!ぼくは百の現れを出せるようになるぞ!そして、一人でめちゃくちゃ沢山の
化け物を狩ってやる!」
と賢者の隣にいた少年が叫んだ。
賢者キトはその少年にニコニコと
語りかけた。
「いいねぇ!将来有望だよ君!
ただし、それを本当に心から
信じられるかが問題だね。」
そうキトはつぶやいた。
「自分が当たり前に
現せる。現せて当然だと
思える分しか、
現すことは出来ないから。
ねぇアシュナス?」
アシュナスは
賢者に同調はしたくなかったが、
真実を偽る気にもなれなかった。
故に頷いた。
自在者たるフディアトが意の中で、
初期には何度も紙に書いて
訓練するのは、
そうすることで意志の固定化を
強固にするためである。
つまり、確信の度合いを
深めるためであり、
期待や願望の類いは
現れにおいては砂上の楼閣に
すぎなかった。
だが、アシュナスは
頷きながらもその現実を
少年少女にどう伝えるべきか
思いあぐねていた。
メルティリナは
少年少女達に
改めて語りかけた。
「今日はフディアや
様々な現れについて考え、知り、
試してみましたね。
フディアや現れは
あなた達のように
可能性に溢れています。
だから
あなた達には
どんな現れも
絶対に無理だと
思ってほしくありません。
他のフディアトの
真似をしてもいいし、
しなくてもかまいません。
一人一人の
顔が違うように、
フディアや現れは
こうじゃなきゃいけない
なんてことはないのですから。」
アシュナスは限界を知る前の子供達にとって
なんて希望に満ちた教え方なのだろう
と思った。
自らが思いあぐねていたのも、
まさにその
可能性や限界について
未来ある少年少女に
どこまでを告げるべきか
という点についてであった。
実際、自在者たるフディアト達は
自分の現れを疑い、
やがて限界を決めてしまう。
一度決まった限界を
変えることは容易ではない。
少なくとも、
狩りの地で目にする
多くのフディアト達は
限界に囚われているように
アシュナスには見えた。
そしてその囚われは
実際に現れとなり顕現(けんげん)
することになる。
だからこそ、
真実を知る必要性は
あるものの、
少年少女の
可能性の芽を摘むのは
もったいないことだと
アシュナスは思ったのだ。
アシュナスは
荒々しい鬼のような形相の師匠の元で
来る日も来る日も
強打される日々を思い出した。
そしてアシュナスは
先程見た紋章塔の周りにいた
老人達と幼子達に対する
想いと同様に
目の前の屈託の無い少年少女達と
彼ら彼女達を見つめる
優しい眼差しの教師の存在を
改めて確認し、
この日常が続いて欲しいと願った。
授業の後、
キトはアシュナスにこう告げた。
「アシュナスさぁ。
もちろん時間あるよね?
これからメルティリナちゃんの
家でご馳走になろうよ!
メルティリナちゃんは
料理が得意なんだー。」
だがアシュナスはその誘いを断った。
この村では自分は何も
享受すべきでないと
決めていたからだ。
メルティリナは言った。
「…賢者さんから聞きました。
彼と仲良くして下さったと。
もし良かったら
彼に会いに来て下さい。」
アシュナスは
「彼…?」
と言った後、
すぐさま“事”を理解した。
キトはにっこりと笑って
アシュナスに告げた。
「あー言い忘れてたけど
メルティリナちゃんは
ウィルカルくんの
婚約者なんだ。」