『世界に穢(けが)れし種たる
タラトットが墜ちし時、
それを悟りしは
女神ティアマナシアであった。
女神は世界を見渡し、
その穢(けが)れの深さに
たいそう嘆き、悲しまれた。
やがて女神は
自らの力を削ぎ、
それを霊水として
人の世へと贈った。
溢れ出でし霊水は
天より降りそそぎ、
大地と命を潤した。
それは世界を想う
女神の涙にほかならなかった。
霊水を授け終えし後、
女神は静かに天へ還られた。
霊水とは、
すなわち女神の力そのものであり、
それを失った女神にとって
穢(けが)れ残るこの世界は
あまりに悲しく、
あまりに危うき場所であった。
ゆえに女神は
姿を隠し、
人の世より遠ざかった。
だが、語り継がれている。
この世界が再び浄(きよ)められし時、
人々はもう一度、
女神ティアマナシアに
まみえるであろうと。』
これがメルティリナが少年少女達に語った、
かの有名な霊水にまつわる
女神の神話であり、
アシュナスにとっても聞き慣れた、
そして読み慣れた神話であった。
メルティリナは
神話を一通り少年少女達に
語って聞かせた。
その後に、
「よく分からない」
という子には
『むかしむかし、
この世界にタラトットという
“よごれ”のタネが落ちてきました。
それに最初に気づいたのは、
女神ティアマナシアでした。
女神は世界を見渡し、
広がっていく“よごれ”を見て、
とても悲しくなりました…』
といった具合に、噛み砕いた言葉で
もう一度ゆっくりと説明し直した。
霊水神話の授業後には
フディアトや禮装、
白き鉱山たる水山の
知識にまつわる授業が続いた。
「聞き飽きた」という子もいれば、
「初めて聞いた」という子もいた。
メルティリナは
自身の自在器たるフディアを
取り出して子供達に尋ねた。
「これの名前が分かる人はいますか?」
「フからはじまるやつ!」
「フディなんとか!!」
「フディアだよ!」
「自在武器でいんだよ!」
「自在“器”でしょ!」
メルティリナは
にこやかに
「正解がありましたね。
これはフディアと言います。
そして自在器とも言います。
確かに間違いやすいですね。」
と少年少女に微笑みかけた。
「フディアは武器(ぶき)ではなく、
器(き)、つまり
器(うつわ)なのです。
器(き)は器(うつわ)とも
言うんですよ。」
少年の一人が
「でも武器にも
器(うつわ)って字が入ってるじゃん!」と
言った。
メルティリナは少年の言葉を受け止め、
やわらかく微笑んだ。
「いいことに気が付きましたね。
『器(うつわ)』という言葉は、
道具や、何かを用いるものなど、
とても広い意味で使われるのです」
ふとアシュナスは、
賢者がどこか
得意げであることに気付いた。
賢者曰く、
この世に『字』や『言葉』を
もたらしたのは、
賢者達であるという。
ある意味では、
言葉を発し、使うことそのものが、
賢者の影響下にある証なのかもしれない。
アシュナスは常々そう考えていた。
言葉は遥か以前から既に人々を繋ぎ
世界を覆い尽くしていたのだから。
キトの様子は、まるで
一人、また一人と、
言葉を理解していく子供たちを
自らの影響下へ置いていくことに、
静かな優越を覚えているように、
アシュナスには見えた。
そのような賢者の様子に
気付くこともなく
メルティリナは授業を続けた。
「皆さん、ほかにどんな『器』があるか
知っていますか?」
と少年少女に尋ねた。
考えあぐねる子や
見当違いの答えも飛び出るなか、
ちらほらと正解が出始めた。
「楽器!」
「食器!」
「容器とか?」
メルティリナは
「素晴らしいですね皆さん。
器について深く考えることそのものが
より良くフディアを使うための
訓練になります。
そして、
フディアは何の器かといえば、
容器が一番近いです。
なんといっても
霊水ティアマナシアを
入れる器(うつわ)ですから。」
と言った。
メルティリナは
「では皆さん。
霊水の容器である
フディアに自分の意志を
現してみましょう!」
と続けた。
ついに霊水ティアマナシアを用いた
自在律想(じざいりっそう)の理を
基本とする、
自在器たるフディアの
実技訓練が始まったのだ。