アシュナスは、
タラトットの光の中に
見慣れぬ光景を見たあの日から、
“あの違和感”を『揺らぎ』と定義していた。

『揺らぎ』は、
普段なら
決して起こらぬ出来事を引き起こす。

賢者キトが自分を
ウィルカルの村へ連れて行くことも、
『揺らぎ』に当たるのだろうか。
アシュナスはそう考えた。

だがすぐに、違う、と打ち消した。
これは異例ではあっても、
『揺らぎ』ではない。

アシュナスには『揺らぎ』に対して、
もう一つ、
説明のつかぬ感覚があった。

アシュナスは…何かを察知していた。
いや、『誰か』と言うべきか。
それは極めて外的な気配であった。

アシュナスは、その『揺らぎ』に伴う
外なる何か、あるいは誰かを、
『干渉者』と定義した。

すなわちアシュナスの主観において、
『干渉者』を伴って世界に生じる異変、
それこそが『揺らぎ』なのであった。

ウィルカルの村に赴くにあたり、
アシュナスは石舟を操り、
大地を渡るキトの大岩船の後に続いた。

キトの大岩船に
乗らなかったのには理由がある。

キトは『ウィルカルの村に向かう。』
と言った。

だがその後に
『アシュナスをエニファル村に送り届ける』とは言ってない。

アシュナスはこの、
カケラ程も配慮という概念を
持ち合わせていない賢者に
最初から期待などしていなかった。

ウィルカルの村に行った後に、
エニファル村へ戻るためには、
経路を自らの律氷に記憶させる必要がある。
律氷に経路を記憶させるには、
道すがらを石舟で直接渡る必要があるのだ。

そのため、アシュナスは
キトの大岩船の後ろを
石舟に乗って付いていく
という方法をとった。

そもそも、アシュナスも出来るなら、
普段のタラトット狩りの時でさえ、
キトの大岩船には乗りたくなど無いし、
賢者と同じ空間にいること自体、
耐え難いとさえ思っていた。

だが、タラトットがいつどのあたりに
現れるのかを事前に感知、予測出来る
能力は賢者にしかない。

また、ゾロゾロと複数名のフディアトで
大岩船の後を追い、
狩りの地に着く前に何かしらの
事故を起こす可能性もある。
その度にキトがフディアトや
それぞれの石舟を回収することは
効率が悪い。

故にフディアト達は賢者の大岩船に
乗らざるを得ないのだ。

だが、今のアシュナスは独り。
賢者と適切な距離を保ち、
気ままに石舟に乗るのみである。

アシュナスは
横目に通り過ぎる村々を見た。

村から次の村までの道のりは長く、
孤島のように点在していた。

そしてやはり、
どの村の近くにも
水山の存在を確認することができた。

アシュナスにはどの村も
似たり寄ったりに見えた。

エニファル村ほど
寂(さび)れた村は見かけなかったものの、

それぞれに朽ち、風化し、
いずれは合わさり、
最後には消滅するであろう運命に見えた。

その光景を見ながらアシュナスは
うしろめたさにも似た感覚と、
多くを失ったことによる絶望と怒り。
それらが混ざり合った
奇妙な心境に包まれていた。

そもそも、
フディアトであろうがなかろうが、
この一帯の者達が
自身の紋章の刻まれた村以外の村に
訪れたり、関心を持つことは滅多にない。
特にエニファル村では
その傾向が顕著であった。

他の村について賢者に聞くのは野暮、
または礼節を欠く行為とみなされており、
当人たちの自然発生的な会話以外で
他の村を詮索することも、
興味を持つことも推奨されてはいない。

様々な村があれば当然格差が生まれる。

差別や焦燥や絶望。
それらが芽吹かぬよう、
先人たちはあえて
他村への関心を薄めてきたのだろうと
アシュナスは理解していた。

だが、今アシュナスは村々を観察し、
他の紋章が刻まれた村に向かっているのだ。

故にその行為は、決まりを破るような
妙な感覚をアシュナスにもたらしていた。

程なくして
アシュナスは
ウィルカルの村に到着した。

美しい村であった。

村は塀で守られており、
その塀には所々苔が生(む)し、
草や小さな花が自然に生えていた。

木造りの塀門には
大きな律氷たるシアレイシェムが
備え付けられているのが見てとれた。
 

塀門は賢者の会釈で
重厚な音をたてて開き、
大岩船を悠々と招き入れた。

恐らく門に埋め込まれた
シアレイシェムを活用した
認証の仕組みなのだろうと
アシュナスは思った。

アシュナスも賢者の連れと
即座に見なされたのか、
あるいはフディアトに寛容な仕組みなのか、
問題なく村に入る事が出来た。

村の名は、レキファト村であった。