エニファル村一番の高さを誇る建造物である
紋章塔が光を放った。
光は影を揺らすと同時に
無意識のざわめきとなって
アシュナスに伝わった。
意識が鋭敏なフディアトであれば
光を直接見ずとも
直感的に知らせに気づく。
紋章塔の光は
塔頂に設置された
律氷(りっひょう)たる
シアレイシェムから放たれる。
それは賢者がタラトットの襲来を察知した証であり、光を仰ぐ者すべてに危機を告げる。
アシュナスは舟着場に向かい
石舟に乗って大地を進み
集いの地に到着した。
集いの地には十人ほどの
自在者たるフディアト達が
集まっていた。
賢者キトは操縦室でいつものように
フディアト達を狩りの地に運ぶことに
意気揚々としている。
一人のフディアトが
アシュナスを見た。
そのフディアトは短髪で
アシュナスよりも背が高く、
少し眠たそうな、
それでいてひょうきんそうな、
だが攻撃的でも邪悪そうにも
見えない目をしていた。
アシュナスとはまた違った、
禮装を着用しているが袖は短くない。
腰には二つの自在器たるフディアが
さしてある。
少なくとも外見からは
経験不足には感じない。
そのフディアトはアシュナスの笠の
紋章を気にしている様子であったが
すぐに視線を大岩船に移した。
何名かのフディアトも
アシュナスの笠の
紋章に気が付いた。
フディアト達は次々と
キトの大岩船に乗り込んだ。
大岩船の中ではひそひそと
アシュナスについての
噂話が聞こえ始めた。
アシュナスは意に介さず
意識の中で禮画(れいが)の修練を始めた。
アシュナスに対する
噂話の類(たぐい)など、
アシュナスにとっては珍しくなかった。
やがて狩りの地に着き、化け物を狩る。
何名かは消え。何名かは棺に入る。
アシュナスについて噂話をする者は
大体帰りには口の聞けない状態に
なっているのが常であった。
だが、その日はアシュナスにとって
思いがけないことが起こった。
一人の男がアシュナスの隣に
腰を下ろし、アシュナスに話しかけたのだ。
それは先程アシュナスの笠の紋章を
まじまじと見つめていた、
少し眠たそうで、ひょうきんそうな
あの男であった。
男はアシュナスに言った。
『あんたエニファル村のアシュナスだろ?』
アシュナスは
笠の端に手をやり
軽く会釈をした。
そして、また頭の中で禮画を
描き始めた。
男は続けた。
『うちの村じゃあんたの
その紋章は有名なんだよ。
エニファル村には鬼神様がいるって
怖がってるチビ達もいるくらいだ。』
二人は鬼神談義を始めた。
「図体のデカい
イカつい顔だと聞いてたけどな。」
「おそらくそれは俺の師匠のことだ。」
アシュナスはゼイゴウを
思い浮かべながら男に言った。
「へー。鬼神ってのは
代々受け継ぐものなのかい?」
「さぁな。周りが勝手に
そう呼んでるだけだ。
師匠が鬼のような面だったのも
昔の事だ。」
「お目にかかりたいもんだ
鬼面のお師匠さんに。」
「縁次第だな。」
「じゃあ俺たちに
縁はあったみてぇだな。」
そう男はアシュナスに
笑顔で言った。
アシュナスは男を見た。
「俺はウィルカル。よろしくな!」
男はそう名乗った。
アシュナスは
「俺は…」と答えかけた。
「アシュナス。だろ?
もう知ってるって。」
とウィルカルは言った。
アシュナスの顔が
ほんの少しほころんだ。
そして何日ぶりなのだろう
こうしてフディアト同士で名を
知り合うのは。と思った。
「ところでアシュナス。
お前さんはいくつも
禮画を持ってるって噂だぜ?」
アシュナスは
「ああ…五つある。」
と答えた。
ウィルカルはたいそう驚いた表情を
浮かべるやいなや
アシュナスの両肩に
励ますように両手を添え
少し涙をにじませ
「一つの禮画でもちゃんと
現せるようになるまで
随分時間がかかるのに
五つも…。
お前さん…
さぞかしつまんねぇ日々を送って
きたんだろうなぁ。」
とアシュナスに
同情を示した。
アシュナスは
呆れた目でウィルカルを見た。
「そうだアシュナス
…元気出せよ
これでも食うか?」
と言ってウィルカルは
懐に手をやった。
「俺は狩りの前には
何も食べな…」
と言いかけたアシュナスが
目にしたのは
ウィルカルが差し出した
『焼きの実』であった。
アシュナスは
キアンディナを思い出した。
ウィルカルはアシュナスの
表情を見て、
「おお…良かった!
焼きの実好きか!」
と言い、アシュナスに
焼きの実を手渡した。
アシュナスは
受けとった焼きの実を
見つめた。
すっかり冷めてはいたが、
表面の皮は赤く
一度こんがりと焼いたであろうことが
見てとれる。
キアンディナがよく食べていた
焼きの実と比べて二回りほど小さい。
アシュナスは
携帯用には適した大きさだと
思った。
アシュナスは
焼きの実の皮に
力を込めた。
乾いた音を立てて
皮にヒビが入った。
アシュナスは焼きの実の皮を
ぺりぺりと剥ぎ、
割れた皮は拾い懐に入れた。
アシュナスが皮を剥いだ
焼きの実の中から澱粉質で
薄紅色の種子が現れた。
冷めてなお良い香りを放つ。
アシュナスは目を閉じ
一口焼きの実を頬張った。
アシュナスの口内に
旨味と微かな甘味が広がった。
『熱はなくとも、温かい味だ。
水分は殆ど感じないが
喉を苦しくさせはしない。
大きさは違えど
エニファル村の焼きの実と
ほぼ同じ味だ…。』
そうアシュナスは思った。
アシュナスは
「美味い。焼きの実は
うちの村で一番の御馳走なんだ。」
とウィルカルに告げた。
既に自分の焼きの実を
食べ終えたウィルカルは
驚いた顔でアシュナスを見た。
アシュナスのその言葉を聞いた
何名かのフディアト達は
またひそひそと噂話を始めた。
ウィルカルはアシュナスに
「焼きの実が一番の御馳走!?
…そ…そうか。
…そうだ!なぁ。
今度うちの村に来いよ。
うまいもん食わせてやる。
もし良かったらでいいんだけどよ…!」
ウィルカルから若干の憐れみを
感じたアシュナスは
「気は使わなくていい。」
と冷めた目で
ウィルカルに言った。
そして続けて
「だが、お前の村には
行ってみたいな。」
と少し微笑んで言った。
ウィルカルは少しキョトンとし、
すぐにパッと顔を明るくして
「お…おう!もちろん歓迎するぜ!
美味い料理を振る舞うぜ鬼神様!」
とアシュナスに告げた。
アシュナスとウィルカルが
焼きの実を食してしばらくした後、
キトの大岩船は狩りの地に到着した。
フディアト達は大岩船から次々と降りた。
間もなく、
タラトットの種が落ち
化け物が生えた。
見上げるほどの高さがあり、
真っ直ぐ天に向かって伸びる
幹の如き先端に
高き顔の如きが、
そして、地に近い箇所に
低き顔の如きがあった。
その化け物には二つの顔の如きが
あったのだ。
それぞれに三つ葉のような
目の如きがあり、
低き顔の如きの
目のような三つ葉は
異様に大きく
そのタラトットを見た者は
最初にそこに目をやる者が
ほとんどであった。
幹の如きに
いくつかの房がついており、
一つの房はいくつかの
丸い物体の集合体であった。
しばらくすると丸い物体が次々と割れ
無数の小さな化け物が飛び出した。
ウィルカルは
「めんどくさいことになったな。
ありゃ翅葉(はねば)付きの化け物様
御一行だ。」
と言った。
ウィルカルは
「なーんか毒葉蟲(どくはむし)に
見えなくも無いよな。
アシュナスの村にも来るか?
毒葉蟲。」と尋ねた。
アシュナスは
「ああ。たまにな。」
と言った。
ウィルカルは
「うちの村じゃ雑魚蟲って呼んでる
やつもいるぜ。
だがあの化け物と毒葉蟲じゃ…
勝手が違いそうだな…。」
と告げた。
無数の空を舞う音が
フディアト達に迫った。