アシュナスが向けた視線の先にある
庭先の木は、
エニファル村にある飯種の樹や
焼きの実の木以外の
数少ない樹木であった。

アシュナスが
この住まいに住み始めて間もなく
芽を出し、すくすくと
数年で立派な木に育った。

種が風に乗ってきたのだろうと噂された。

かつて、
この不思議な木をエニファル村の人々は
灰色の木。
またはアシュナスの庭木と呼んでいた。

アシュナスは
灰色の木を眺めながら、
紙に炭を用いて
灰色の木の絵を描いた。

紙は
灰色の木や飯種の樹から
自然に落ちた枝や殻を砕き、
削り、繊維をほぐし、
時には蒸し、水でさらし、
漉(す)いて作った。

アシュナスはよく、
日が落ちるまで
灰色の木の絵を描いた。

アシュナスはフディアトとなった当初、
禮画(れいが)を紙に描いていた。

だが、何枚も描くうちに意識に定着し、
やがて紙を用いずとも
意識の中で自身の禮画である
『刀』『槍』『弓』『縄』、
そして
禮極『清流』を描ける
ようになった。

同様に、灰色の木も
紙を用いずとも
アシュナスは意識の中で描くことができた。

だが、アシュナスは
灰色の木だけは
紙に描くことを
辞めはしなかった。

アシュナスは
灰色の木を見るたびに
自身の自在器たるフディアに
想いを馳せた。