アシュナスは賢者を
訝(いぶか)しげに見つめた。
その目には、
賢者と呼ばれる者への敬意はなく、
むしろ冷ややかな色が宿っていた。
アシュナスは賢者に喋りかけた。
「キト…」
「ちょーっと待っててねー!
今すぐ回収するからー!」
アシュナスの言葉を遮るように
賢者キトは作業を開始した。
キトは手の型をとった。
それは古の世では
『手印』や『ムドラー』と
呼ばれたものだが、
自在者たるフディアト達や、
それを見かけた者達には
手の型や単に『型』と呼ばれている。
また、それが手印や
ムドラーと呼ばれていた頃からは
随分と用途も変貌を遂げ、
今では賢者達の固有の所作となっている。
型は自在者にとっての
『禮画(れいが)』のようなものだと
アシュナスは認識している。
禮画があるからこそ、
自在器たるフディアに生じる
現れは確かなものとなる。
賢者にとっての型も
ある種の力を発動顕現するための
基盤のようなものだろうと
アシュナスは理解していた。
キトの片方の手の型は
棺人形に向けられ、
指示をしているように
アシュナスには見えた。
もう片方の手の指先は
キト自身の額の菱形の紋章に
向かっている。
それは、
額の紋章こそが
力の源泉であるかのように、
賢者の思考と
力の源泉たる額の紋章とを
指先と手の型でもって繋ぎ、
棺人形に届けるかのような、
振る舞いであった。
だが、本当にキトにとって
その手の型が、その所作が必要なのか、
アシュナスには分からなかった。
時折、賢者が無造作に棺人形を
動かしているようにも
アシュナスには思えたからだ。
どちらにせよアシュナスには
キトがいつも遊び半分に
行動しているように思えてならなかった。
賢者の力は
自在者たるフディアトのそれとは
また別種の力であり、
フディアト達の理解を遥かに超えていた。
キトは同時に二体の棺人形を操っているが、
アシュナスは
このいつもふざけている賢者が
十数体の棺人形を
同時に操るところを見たことがある。
キトにとって
二体の棺人形を操ることなど
造作もないことであると
アシュナスは理解していた。
賢者に指示を受けたであろう
棺人形達はヨタヨタトコトコ歩きながら
細長い腕や脚を棺から生やした。
片方の棺人形は直立ではなく、
水平に体を倒しながら歩いている。
「一人は淵(ふち)入り。
一人は帰空霧天(きくうむてん)…と。」
賢者はそう呟いた。
直立している方の棺人形は
せっせと地面に落ちた
図体の大きな男の服や
自在器たるフディアを拾った。
地面に対して平行の体制を
とっている方の棺人形は
パカリとのその身を割り、
細長い腕のような部位で
袖の無い男を棺の中に招き入れた。
アシュナスはキトに言う。
「今回の二人…。
いくらなんでも経験不足だろ」
キトは軽く何かを思い出したように
「ん?ああ」
と言い、
「ルタファカ村のトタルくんと、
ザゴファユ村のゴザンくんね!」
と、さも二人の名と村の名を知っている事を
自慢げにアシュナスに告げた。
ヨルグナに侵食され、
棺人形の中に横たわる
袖の無い男はトタル。
霧のように消えてしまった
図体の大きな男の名が
ゴザンであった。
「二人とも訓練兼ねての
初タラトット狩りだったからね!」
キトは両手の人差し指を
天に立てながらニコリと言った。
キトの軽い表情に流されることなく、
語気を強めながらアシュナスは続けた。
「フディアトとしての訓練が
最低でも二年は必要だと
知ってるはずだ。
なんのつもりでこんな采配を…」
賢者はアシュナスの言葉に対し、
「だーかーらー
二人に実践つませてあげたじゃん!」
と軽く告げた。
棺人形に入ったトタルと、
ゴザンの衣服のみが運ばれている傍らで
賢者キトはニコニコと笑みを浮かべている。
悪びれるどころか
貴重な体験を提供したかのような
得意げな表情が賢者には宿っていた。
アシュナスの
目が鋭さをます。
「必要なのは実戦“前”の訓練だ…」
「それにさー。」
アシュナスの言葉を遮りキトは続ける。
「期待してたんだよ
アシュナスならどんな
タラトットも
ちょちょーいってやっつけて
くれるって。
まさか新人フディアト達が
こんなことになるとはねー。
あー嘆かわしい。」
「まぁでもよくある事さ!
君はピンピンしてるんだし
元気出しなよ!」
そう言ってキトは
アシュナスの肩を
励ますように
ポンポンとたたいた。
そしてスタスタと
棺人形に続いて
『大岩船(おおいわふね)』に乗り込み
振り向いてアシュナスに
明るく前向きな様子で声をかけた。
「さぁ!乗った乗った!!
村に帰るまでが
タラトット狩りだよ!!」