アシュナスの感情の箍(たが)が
外れようとしていた。

アシュナスがこれほどまで
感情に支配されるのは
いつぶりだろうか。

少なくとも
『鬼神』とうたわれるのが
ゼイゴウからアシュナスに
変わってからは
久しいことであった。

アシュナスは自らの怒りを
抑えられそうにもなかった。

その怒りでもって
自在器たるフディアの柄を
握り砕かんばかりであった。

その時、アシュナスの意識の中に、
キアンディナが浮かんだ。

アシュナスとキアンディナ、
そして師であるゼイゴウと
共に三人でタラトットを
狩った時の記憶だ。

キアンディナは鼓舞した。
幼馴染であるアシュナスを。

そして自らの父を。

アシュナスは想った。
やはりこの男は
キアンディナの父なのだと。

アシュナスは
柄を握る手を緩め
自在器たるフディアを下ろした。

アシュナスは怒れる心を抑え、
ゼイゴウに再び問うた。

「そいつは狩られたのですか?」

それはアシュナスにとって、
キアンディナに
かの闇の淵たる
ヨルグナを纏わせた怨敵の生死を問う
重大な質問であった。

「いや、去ったと聞いた」

ゼイゴウは静かに言葉を置いた。

その言葉が置かれた瞬間は
アシュナスに目的が生じ瞬間でもあった。

「特徴は?」
とアシュナスはゼイゴウに問うた。

ゼイゴウは言った。

「賢者曰く」

『堅き鱗と顕わな種』

その言葉を聞いて
アシュナスは思った。

並のタラトットに、
キアンディナが
負けるはずがない。

“堅き鱗”は文字通り、
狩るべき化け物の
硬質さを示している。

そして、“顕(あら)わな種”。

タラトットは本来、
種を守ろうとする。

頑強さを持ち合わせながら
種を晒すということは、
その化け物が
弱点を晒しても
易々とは狩られないことを
示している。

『堅き鱗と顕わな種』

それは、その化け物が
紛れもない強者であることを
示すには充分な
言葉であった。

瞬時にその事を理解した
アシュナスは言葉を口にする。

「そいつは俺が狩ります。」

「命を懸けて。」

狩るべき相手が
恐るべき強者であったとしても、
アシュナスは意に介さなかった。

アシュナスは
キアンディナを
淵に入りたらしめた対象を
狩ると即座に決断した。

アシュナスにとって
キアンディナのために
自らの命を懸けることは
至極当然のことであったからだ。

目的が決まれば、
一歩ずつ遂行に向かう。
どんなに遠回りをしても。

それがアシュナスの
行動指針であった。

アシュナスは棺の前に立ち
キアンディナに向かって
言葉をかけた。

「キアンディナ…ごめん…」

それは
キアンディナに対する
自責の念に苛(さいな)まれていた
アシュナスが紡ぐことの出来た
唯一の言葉であった。

だが、
力なく絞り出された言葉とは裏腹に、
アシュナスの心には揺るぎのない
“意志”が宿っていた。