棺に入ったキアンディナに
意識は無く、
『ヨルグナ』に
侵食されていた。
かの化け物によってもたらされる、
海のように広がり滴る
煌めきの如きを伴った
その“闇の如き淵”を人々はいつしか
ヨルグナとよんだ。
ヨルグナは既に
キアンディナの顔の半分程まで
広がっている。
それはまるでもうじき訪れる、
完全なる暗闇を待つ
宵(よい)のようであった。
棺は賢者達が石と泥とで作る。
棺には丸く暗い窓がついており、
中の人物を伺うことが出来る。
キアンディナは
深く眠っているようにも
命無き者のようにも見えた。
棺はゼイゴウ邸内にある
『祈り舎』に安置されている。
アシュナスとキアンディナが
何度となく幼少の頃から
共に過ごした場所でもある。
唯一ある部屋の窓は
村の中央に向いており、
窓からは村の『紋章塔』が見える。
ゼイゴウはことあるごとに
村の紋章が刻まれた
この塔に向かって祈った。
エニファル村の村長(むらおさ)は
闘えぬ身となった時。
『祈り手』となる慣わしがある。
ゼイゴウが祈っていたのは
闇の淵たるヨルグナに
侵食された娘のためではなく、
その慣わしを
遂行しているに過ぎないと
アシュナスは認識していた。
だからこそアシュナスが師に向けた
燃え盛るような赤い瞳には、
炎の如き激しさと共に、
氷冷の如き静けさが宿っていた。