ウィルカルが淵入りした後のアシュナスは、
いっそう他のフディアト達が
近付き辛い気迫を纏うようになった。

近寄れば削られそうな
アシュナスの雰囲気に、
大岩船に乗り合わせた他のフディアト達は
さらに距離を置くようになった。

アシュナスは独り、
更に禮画(れいが)に集中するようになり、
タラトット狩りが始まれば、
他のフディアト達の出る幕も無いほどに
がむしゃらにタラトットを狩った。

そして大岩船に乗り
集いの地に戻り、
エニファル村に自身の石舟で帰った。

石ころ場を通り過ぎ
祈り舎に向かい、
キアンディナに報告し
自らの住まいに戻り
浄化を終え眠り
飯種樹園で水をやり、
飯種を収穫しては
師の家と自らの住まいに
持って行き、
修練場で修練に励み
時に水山に向かい
各種水を持ち帰り召喚光が光れば
狩りに向かい、
ひたすら化け物を狩り続けた。

ただそれだけの日々が、
繰り返された。

アシュナスにとって
狩りも、収穫も、修練も、
ただ次の動作までの間を埋めるための
行為に過ぎなくなっていた。

摩耗していく日々の中、
アシュナスは
キアンディナに報告を終え
改めて師を見た。

師は変わらず
紋章塔に祈りを捧げていた。

日々狩りの地に転がりゆく
フディアト達のためでもなく
娘のためでもなく、
慣わしのために。

アシュナスはそう理解していた。

アシュナスの脳裏に
師の欠損のきっかけがよぎった。

アシュナスが自らの
禮極(れいきょく)を
白き鉱山たる水山にて
会得してから間も無く、
ゼイゴウは身体を欠損した。

その時期は、
偶然にもエニファル村の近くに
タラトットが出現することが
続いていた。

アシュナスも
キアンディナも
ゼイゴウもそれまで
狩りの地以外で
タラトットが出た場合に、
苦戦した記憶などなかった。

アシュナスも
キアンディナも
この一帯では数本の指に入る
強さのフディアトであったし、

ゼイゴウに至っては
おそらく全てのフディアトの
中でも最も強いフディアトだと
言っても過言ではなかった。

賢者キトはそのことを知っていたが、
アシュナス達は知る由もない。

ただ、
誰が知ろうと知るまいと、
それは些末なことである。

ゼイゴウは巨体でありながら、
疾風の如き脚力と頑強な肉体を持っていた。

化け物が現れた際には、
素手で鱗肢を引き裂き、
種を握り潰し粉砕することさえあった。

眼光鋭く、
狩りの地では化け物と同様に
他のフディアト達から恐れられた。

修練で本気を出せば、
木鱗肢など一撃で砕き割った。

また、
集いの地や白き鉱山たる水山まで
息一つ乱さずに走り続けられるほどの
尽きぬ体力も持ち合わせていた。

数多のタラトットは
ゼイゴウの前では
枯れ木や雑草の如きであり、
ゼイゴウの強さが尋常でないことなど
一目見れば赤子にさえ
理解できるほどであった。

だがその日、
エニファル村の中に現れた化け物は
種から一瞬で生え、
生えるやいなや
無数の鞭の如き鱗肢を
光の速さで打ち出した。

その攻撃は、外れて当たり前の
闇雲な打撃であり、
もし外れてしまえばかなりの隙を生み、
あっさり種を割られていたであろう。
まるで、運試しのような攻撃であった。

だがその鱗肢は偶然ゼイゴウを捉えた。

賽は投げられ、
運はゼイゴウを見放した。

種が現れ
ゼイゴウが打ち捨てられるまで
瞬きさえも待ちはせず、
事は雷鳴よりも速く起こった。

ゼイゴウは身体のあちこちに
取り返しのつかない攻撃を受けた。
腕がへし折れ皮膚は裂け
脚は走る機能を失った。
キアンディナはそれを眼前に見た。

キアンディナの瞳に
一瞬にして深い悲しみが広がった。

アシュナスもキアンディナも
あまりに突然のことに
全容を理解するまでに
しばらく時間を要した。

その化け物はゼイゴウに気を取られ、
アシュナスに種を破壊された。

アシュナスにとって
それはあまりにもひ弱な相手であった。
一度攻撃を繰り出した化け物は
自らの攻撃の反動で、
種を差し出すかの如く
動けなくなっていたからだ。

ゼイゴウに初めて
訓練を受けたその日でさえ
その脆弱な化け物の種を
割ることが出来ただろうと
アシュナスは思った。

ゼイゴウを打ち砕いたのは
それほど非力な化け物であった。

その化け物の攻撃に再現性などなく
極めて事故に近い類いのものであることを
アシュナスもキアンディナも
何よりゼイゴウ自身が理解していた。

その日以来、
ゼイゴウは
律氷やフディアの素材で
作られた器具で身体を補強する身となり、
フディアトから祈り手となり、
鬼神を指す存在は
いつしかアシュナスにとって変わり、
キアンディナは
ゼイゴウの言葉を
重く尊重するようになった。

アシュナスはむしろ
エニファル村の慣わしに対する
疑念を深め、キアンディナが
狩りに参加することへの
危機感も増えた。

だがアシュナスは
その日以降、
キアンディナに強く言えなくなった。
キアンディナがゼイゴウを尊重し、
狩りに向かうことを容認し続けた。

そしてキアンディナは
アシュナスの忠告も虚しく
堅き鱗に淵入りにされた。

アシュナスの師は
娘が淵入りにされようと
されまいと、紋章塔に向かって
祈りを捧げている。

祈りもまた慣わしである。

アシュナスは
祈る師を冷めた目で見つめた。

なぜなら、
アシュナスは見たのだから。
誰よりも慣わしに忠実な男を
天が見捨てた瞬間を。

アシュナスは
視線を戻し
日々の動作へと戻っていった。

アシュナスは翌日もその翌日も
いっそう
寡黙に、求道的に
淡々と日々を過ごした。

動作が意味を失っていく最中でも
アシュナスは繰り返される日々から
目を逸さなかった。

逸らすどころか
よりいっそう凝視した。

今のアシュナスを、
怨敵『堅き鱗と顕な種』を
切ることのみが突き動かしていた。

アシュナスには計り知れないほどの
怒りが蓄積していた。

キアンディナもウィルカルも
多くのフディアト達も
守れなかったことへの怒りを。

アシュナスは祈り舎に向かう道中、

石ころ置き場に向かって
いつものように笠を少し傾けた。

ふと、無造作に転がる一つの
石ころが目に入った。

それはアシュナスに
もう一つの
キアンディナが見せた
悲しい瞳を想起させた。

アシュナスは
キアンディナとゼイゴウ以外に
最後にエニファル村に
残った老人を思い出していた。