授業が行われた広場から、徒歩で数刻。

アシュナスと賢者キト、
そしてメルティリナは、
目的の家へ向かって歩いていた。

石畳が家先まで続き、
扉には、笠飾りがあしらわれている。

庭には色とりどりの花が咲き、
柔らかな色彩の壁と、
丸みを帯びた窓や屋根を備えた家が、
穏やかに佇んでいた。

それが、メルティリナの自宅だった。

そしてそこは、
ウィルカルの自宅でもあった。

メルティリナの自宅の
居間には
ヨルグナに侵食された
ウィルカルが入った棺が安置されていた。

アシュナスは膝をついて
ウィルカルに意の中で挨拶をし、
謝罪をした。

食卓の席につけば、
ウィルカルの存在が常にそこにある。

キトはアシュナスなど気にせず
メルティリナの料理を
むしゃむしゃと食べていた。

『今度うちの村に来いよ。
うまいもん食わせてやる。』
ウィルカルの言葉が
アシュナスを通り過ぎた。

だが、実際にレキファト村を
訪れたアシュナスは
メルティリナの料理を
食すつもりはなかった。
そのような資格など
ある筈もないと思った。

部屋の中に飾られた
数々の品がメルティリナと
ウィルカルのこれまでを
物語っていた。

アシュナスはウィルカルの
事を想った。
『もしウィルカルが淵入りしなかったら?
この村でどう生きていた?
メルティリナの
授業の隣にウィルカルの姿が
あったのかもしれない。
子供達に囲まれて。

部屋の飾りは更に
増えていったかもしれない。
一つ一つの思い出が薄まるほどに。

だがウィルカルは棺の中にいる。
キアンディナのように。』

その事実がアシュナスの
胸をえぐり続けていた。

アシュナスはメルティリナに
「すまない。」と言葉を発した。

メルティリナは
「あなたのせいではありません。
鬼神さんにしては優しいのですね。」
と言った。

アシュナスは
「ウィルカルにも
同じような事を言われた。」

と返した。

アシュナスは
ウィルカルの眠る棺の方を見て、
「…腕のたつフディアトだ。
狩りの地では助けられた。」
と続けた。

メルティリナは
「彼は子供の頃、覚えが悪くて霊水の
扱いもめちゃくちゃで
教師も匙を投げていました。

だから幼馴染の私が
ウィルカルにフディアトに
まつわるあれこれを
教えました。

彼は私を褒めてくれました。
人に教える才能があると。

いつしか私は教師に
なっていました。」
とアシュナスに話した。

アシュナスは
発すべき言葉を消失していた。

キトが
「ウィルカルくんに
色々教えたって
メルティリナちゃんらしいや。
この部屋の本って
全部メルティリナちゃんのでしょ?」
と尋ねた。

「はい」と
メルティリナは答えた。

アシュナスは
本棚に目をやった。

アシュナスの見る限り、
本棚に並んでいるのは
ほとんどが歴史書のたぐいであった。

「歴史に詳しいのですか?」
とアシュナスは尋ねた。

メルティリナは
「私が歴史について語るとしたら
全て本と、村の先人達からの
受け売りです。」
と言った。

それからメルティリナは、
レキファト村の成り立ちや、
この地を築いた先人たちへの感謝を、
アシュナスに語って聞かせた。

アシュナスは、
彼女の語る村の歴史や、
現在に至るまでの歩みの中で、
いくつか胸に引っかかるものを覚えた。

レキファト村の先人たちは、
白き鉱山から水路を引き、
この土地に水を巡らせたこと。

この村ではこれまで、
フディアトの数が百を下回ったことが
一度もなかったこと。

かつては二百人近いフディアトが
暮らしていた時期もあった。
しかし、その数は少しずつ減り続け、
ウィルカルの淵入りを境に、
ついに百を割ってしまったということ。

さらに村には、
メルティリナやウィルカルの家以外にも、
棺を安置した家が幾つも存在していること。

フディアトが多いということは、
それだけ“棺”を目にする機会も
多いということだった。

アシュナスは改めて、
ウィルカルが棺に入れられることを
止めることが出来なかった自分を悔いた。

そして同時に、この村もいずれは
自身の村であるエニファル村と同じ末路を
辿るのではないか。

そんな懸念が、
静かにアシュナスの
胸の内へ広がっていった。

キトはアシュナスの
懸念など気にも留めず、
「メルティリナちゃんは
伝説にも詳しいよね。
素晴らしい授業だったよ。
女神についての話。」
と笑みを浮かべて話した。

そして、
「けどさ、嘘の伝説を
子供達に教えるのは良く無いなー。」
と続けた。

アシュナスは
「嘘?女神の伝説が?」
と賢者に問うた。

メルティリナは
「その話は、
私が歴史に興味を持ったきっかけです。
嘘というより…」

と言い、少し間を置いて
アシュナスにこう告げた。 

「女神の伝説は…
もう一つあるんです。」