アシュナスの
自在器たるフディアは、
住まいの小庭に生える
灰色の木を削って作られた。
過酷な大地に育ち、
日の光を浴び続けたその木は、
いつしかアシュナスにとっての
霊木となっていた。
アシュナスは
ゼイゴウとの修練を重ね、
自らと向き合い続け、
遂にある一定の領域へと達した。
意の中にフディアの影が
少しずつ立ち現れ、
やがて確かな形を
取り始めたことに気が付いたのだ。
それは
自らの自在器たる
フディアを創出する段階に
至ったことを示していた。
そしてアシュナスは直感的に理解した。
フディアの製造とは
意の中にあるその形を
現世に現す行為なのだと。
アシュナスは
ゼイゴウの教えと
書物に従ってフディアの
製造に取り掛かった。
フディアの製造にあたり
アシュナスはまず
霊水ティアマナシアに
三日三晩、
一つの意志を向け続けた。
するとティアマナシアは
一つの固定された
律氷たるシアレイシェムとなった。
律氷たるシアレイシェムとはすなわち、
霊水たるティアマナシアが
長期間同一の意志を反映し続け凝固し、
固定化された状態のことである。
よって、ティアマナシアが
本当の水ではないように、
シアレイシェムもまた
本当の氷ではない。
氷(ひょう)と付くものの、
冷気を帯びるよう意志を込めなければ
冷たくなることはない。
律氷とは、
水の如き柔なるものが、
氷の如く凝固する様から
呼ばれ始めた言葉である。
アシュナスは
剣のようであり、
また楽器の弓のようでもある
律氷たるシアレイシェムを作った。
これは
フディアそのものではなく
その原型である。
次にその律氷を
土と霊水ティアマナシアを
混ぜ合わせた素材に
押し当て、挟み込んだ。
この素材には
後に完全に真っ二つに
割れるよう
薄い律氷で仕切りを
施しておく。
その一塊を
焚き火場で
いつもの何倍もの火力で
炙った。
フディアの製造中、
焚き火は
一時、炉へと変貌した。
焚き火場には石を積み
窪みを作り
炎を閉じ込めて
熱を逃げにくくする。
普段は
木片や枝、木屑や落ち葉、薪を
燃やす焚き火場だが、
この時ばかりは炭も用いた。
火床に向け
鞴(ふいご)で風を送ると、
炭は赤くなり
炎は唸りを上げ、
アシュナスの顔を照らした。
しばらくして
土と霊水と律氷の一塊を
火から取り出し、
それを真っ二つに割る。
二つに割れた塊の中から
原型である律氷を取り出す。
こうして
鋳型素材が作られた。
この時点で原型の律氷は
ひとまず役目を終え、
全ての作業が終われば、
再び三日三晩をかけて
霊水へと戻される。
次にアシュナスは
改めていくつかの
律氷を創った。
一つは
フディアの内部に
空洞を作るためのもの。
もう四つは
フディアにはめ込むための
律氷であった。
フディアの内部に
空洞を設けるのには
理由がある。
フディアは
柄であると同時に
器でもあるからだ。
現れを生じさせていない時、
ティアマナシアは
フディアの内側に
収められる。
フディアの内に
空洞を作るための律氷と、
フディアにはめ込む律氷。
それらを創るには
三日三晩を五度、
すなわち十五日を要した。
律氷が完成すると、
アシュナスは
灰色の木を削り、砕き、
やがて粉にまでした。
そして霊水ティアマナシアと
再び三日三晩混ぜ合わせた。
その間、霊水へと
頑強な意志を送り続ける。
アシュナスは
庭に立つ灰色の木に
想いを馳せた。
どこからか風に運ばれてきた種が
硬く無慈悲な地で、
同種の木も無いまま
孤独に成長した木。
それでも豊かな葉をつけ、
見返りを求めることもなく、
ただ静かに自分に安らぎを
与えてくれた自らの霊木に。
フディアの製造は、
律氷の製造と本質的には同様のものである。
すなわち自らの意志を送り、
形を固定化させること。
だが、純粋に霊水のみを
固定化させれば、
それは律氷そのものであり
器とはなり得ない。
フディアには霊水ティアマナシアを
包み込む素材が必要とされる。
石を選ぶ者もいれば、
土を混ぜる者もいる。
アシュナスは
木を選んだ。
それが自らの意志を最も強くし、
深く送り込むことが出来るからである。
つまるところ
素材に貴賤は無い。
重要なのはただ一つ。
そこに確信を持てるかどうかである。
アシュナスは作っておいた
二つに割れた鋳型の片方に、
灰色の木と霊水を混ぜ合わせ、
確固たる意を注いで作った
素材を流し入れた。
そして、やがて空洞となる場所へ
律氷の一つを押し入れた。
この律氷もフディアが完成した後、
霊水に戻しそのまま使用することになる。
アシュナスは
もう片方の鋳型にも
同様に素材を入れ、
律氷を収めた鋳型とぴたりと合わせた。
そしてそれらをまとめて
改めて炉へと入れた。
やがて炉から取り出し、鋳型を外す。
するとそこには、
まだ形は少し歪(いびつ)ではあったが、
一本の灰色のフディアがあった。
アシュナスは確信した。
霊水と灰色の木とで出来たこの
フディアは、
炎を受け入れながらも
本質的な形を崩すことはなかったのだと。
アシュナスは炉の上部に積んだ石を退け、
火床の上に台座を据えた。
その上に歪なフディアを置き、
挟み固定する器具である
曲箸(まがりばし)と呼ばれる道具で
強く掴んだ。
そして業火に炙りながら、
金槌で何度も打ち据えた。
フディアは
内側の律氷と金槌の
打撃の圧力により強度と耐久性を
極限まで増していき
少しずつあるべき姿へと
近づいていった。
アシュナスは
火で炙られ金槌で打たれた
赤々としたフディアを取り出し
水甕(みずがめ)の水をかけ熱をさました。
随分と形の整った灰色のフディアが
立ち現れた。
アシュナスはそのフディアと
四つの律氷と研磨布を入れた袋を
石舟に乗せ白き鉱山たる水山に向かった。