アシュナスは川に一禮をし、
丁寧に禮筒(れいとう)で
流れの一部をすくった。

禮筒の内部は水甕(みずがめ)と同様、
川の水、即ち聖水を保つための律氷が
張り巡らされている。

滝へと繋がる白き鉱山たる水山の川は、
澄んでいるように見える。

だが人目に触れるのは、
その流れのほんの一部に過ぎない。

川のほとんどは
鉱山の内を流れている。

大小さまざまな鉱石がひしめき合い、
それらすべてが
天然の濾過装置と化していた。

極小の魚でさえ、
この川には見当たらない。
鉱粉の影響とも、
川の水が魚の住めぬほどに
清すぎるためであるとも言われた。

この川には
微細な鉱粉が含まれているとされる。   
その鉱粉は清きものとされ、
また、人の身には過ぎるものとされた。
故に川の水を好き好んで飲む者はいない。

ただし、この川の水はヨルグナの侵食を
癒すことができる。

水に含まれる鉱粉が
ヨルグナを相殺するのだと
そう伝えられている。

この川の水はいつしか聖水、
またはティルタと呼ばれはじめた。

ティルタとは、
賢者によれば
古の言葉で
「聖なる水」を意味するとされる。

ただし、
ヨルグナに侵食され
意識を失った者の口に
いくら聖水を含ませ、
あるいは体に浴びせても
効果はない。

意識を保っている間に
聖水を飲むことでしか、
ヨルグナを
消失させることはできない。

聖水に対する敬意、禮節、
受け取る意志がなければ
聖水は力を貸さないとされる。

その意味において、
聖水ティルタは
霊水ティアマナシアとは
似通っている点もあり、
それぞれ違った意味で
フディアト達に畏敬の念を抱かれていた。

故に、一度に聖水をすくう事の出来る量は
最大で禮筒一杯分であることが
この地域一帯の慣わしであった。

禮筒を満たしたアシュナスは、
自らが禮極を会得するに至る場所となった
白き鉱山たる水山の川を後にした。

川の次に向かった場所で
アシュナスは一禮をし、
“受け皿”を確認した。