村長(むらおさ)の住まいたるゼイゴウ邸は
村一番の大きな屋敷である。
屋敷を囲む塀は
村の入り口よりも更に低く、
大人であれば
簡単に跨(また)ぐ事が出来た。
屋敷の敷地内には
いくつかの建造物が建っており、
その総称がゼイゴウ邸であった。
敷地のほとんどは土庭(つちにわ)に
占められている。
この土庭(つちにわ)は
敷石もないむき出しの地面で、
敷地内の建造物同士を
繋いでいるようにも見えた。
土庭の中央には焚き火場がある。
材木や枝葉が無造作に積まれ、
焼け残った灰が風にさらされている。
中が空洞化した木の幹が転がっており、
アシュナスとキアンディナは
よくその倒木に腰掛け語り合った。
焚き火場の西側には
祈り舎が建ち、
北側には飯種(めしだね)樹園がある。
そこには十数本の飯種の樹が並んでいる。
祈り舎より少し東、
焚き火場より南に修練場があり、
そのさらに東に
ゼイゴウの住まいが建っている。
また、焚き火場の東側には
キアンディナの住まいがあり、
そのさらに東にアシュナスの住まいがある。
アシュナスの住まいは
もともと物置として使われていた。
ゼイゴウ邸を訪れた際に
最初に目に入るのは祈り舎である。
祈り舎にはただ一つの部屋があるのみで、
そこで人々は紋章塔や
女神に祈りを捧げた。
祈り舎は外とはほぼ地続きであり、
東西に大きく口を開けており、
風が通り抜ける造りになっていた。
東と西に口を開けた祈り舎は、
村人の祈りと風とを
まっすぐに通す場所でもあるとされた。
祈り舎と呼ばれているが、
大きな入り口の開いた
十数人ほどが同時に入る事が出来る
広さのある建造物である。
南側に窓があり、
紋章塔を眺める事ができる。
この祈り舎から紋章塔が見える景色を
遮る高さの建物は
エニファル村には一つも無い。
アシュナスは
祈り舎に入った。
アシュナスから見て
部屋の左奥に
ヨルグナに侵食され
棺に入れられたキアンディナが
安置されており、
右奥ではゼイゴウが
紋章塔に向かって
祈りを捧げている。
アシュナスはゼイゴウに向かい
笠に手をやり少しだけ傾けた。
そしてキアンディナの眠る
棺に向き直り歩みを進めた。
アシュナスは棺の前で片膝をつき、
キアンディナに
先程のタラトット狩りのこと、
経験の浅い二人のフディアトのこと、
そして光の中に見た景色や
キトとの奇妙な会話を、
心の中で報告した。
ヨルグナに侵食された
キアンディナは
変わらず目を閉じたままであった。
いつしか、
アシュナスの意識は
キアンディナと出会った
ありし日へと向かっていた。